あっさりメニュー
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2000年10月分(10/1〜10/31) 

2000/10/31

文責:い 80点

No.295

庭のとろろ芋を掘る。
畑芋だ。

山芋と畑芋は、全く別の食材だと考えた方が良い。
どちらが美味いという話ではなく、ウマイ山芋は美味いし、ウマイ畑芋も美味いのである。
と、巷間カマビスシイとろろ論争に、方を着けてしまったところで何なのだが、ウマイ畑芋が問題なのである。

山芋を、千本に切って食するのを好む人はいないだろう。
しかし、畑芋は、千本に切って食するのを好む人がいるのである。
それも、私の周りでは、とろろ派を数において凌駕している。
私にとって、とろろ芋は、とろろにすることが前提なのであって、それゆえの”とろろ”芋なのである。

口を揃えて、シャキシャキ感が良いのだと言う。
すりおろしたとろろにはそれが無いという、滅茶苦茶な論理を用いて千本派を名乗る輩までいる。
すりおろしたとろろに、シャキシャキ感が在ってたまるか。

本当は、すり鉢であたることこそが重要なのだが、これは更に少数派になるらしい。
ついでに言えば、私は、最近ではフードプロセッサを使うようになり、おろしがね派からは離脱したが、その根底をなす”すり鉢派”には在籍している。
とろろ状にするには、フードプロセッサ、誠に塩梅が良いのである。
しかし、すりおろして終わりではダメだ。
木目の細かさこそが重要だという認識は以前にも増して抱いている。

更に極端な奴は、煮て喰らうのが一番、とノタマウ。
里芋でやってください。
まあ、好きずきなのである。
食い物の話を、わいわいやって酒とともに腹に入れていくのが、楽しくて美味い料理なのであります。

二年前に山芋の”ああじ”を、柿の木の下に埋めてみた。
去年は辛抱に辛抱を重ねて掘り起こさなかった。
夏にはかなりの太さの蔓を伸ばし、期待が持てる。
ちょっと山に入り込んでの感じでは、総じて今年は、山芋の蔓は元気である。

今年は掘る。12月上旬まであと一月ばかりである。

2000/10/30

文責:い 60点

No.294

永六輔という訳の解からないじいさんがいる。
種田山頭火を広く知らせてくれる活動をした。

おかげで私は種田山頭火を知ることになる。
”おかげで”とは、物事のつなぎ合わせに使用するのであり、結果の方が好ましい場合に用いられるようであるが、ことこの事件に関しては、好ましい結果であったかどうかは、今後を待たなければ何とも言えない。

で、永六輔はそれだけである。
種田山頭火なのである。

まっすぐな道でさみしい

俳句である。full of loneliness なのである。
”さみしい”という日本語に出くわすと、ある夜の情景が浮かんでくる。
月明かりも無く、もちろんタウンライトも無い夜道の事なのはまちがいないのだが、私としては、本当に経験したことの記憶であるのかどうかが定かではない。
しかし、脳裏への度重なる出現で、極めて重大な事件に付属する情景記憶のように考えている。

”で”が難しいのである。
まっすぐな道だからさみしい。曲がってさえいれば..文句をいっているのだ。
まっすぐな道にいるときに、さみしい気持ちになった。
まっすぐな道でさみしい道。上記と同じ意味か。
まっすぐな道でさみしい?問いかけている。

最後の解釈が気に入っている。
ただし、問い掛けは、あくまでも自分自身に対してである。
full of loneliness なのだから。

2000/10/29

文責:い 80点

No.293

日曜祝祭日シリーズ”御感じあそばせ”。

ギルバートのトリプルクラウン。

正六角形と正五角形との組み合わせのソッカ‐(慶應流)ボールは、数学者と物理学者とに多大なるヒントを与えた。

面取りをした菱形4枚のラグビー蹴球のボールは、如何。

年齢別人口構成図を説明するのに、ピラミッド型、釣鐘型人口構成という名称を使用している。
その後に続く”紡錘型”の呼称は、”紡錘形型”あるいは”紡錘体型”と言わなければ、一般人には解からない。

ラグビーボール型ってのはどうだろうか。

2000/10/28

文責:い 70点

No.292

柿が豊作である。
六本の柿の木は、全てがたわわなのである。

理由は多々在るのだろうが、その最大の理由は、台風が少なかったことだと考えている。
例年、さくらんぼの大きさからボケの実の大きさくらいまでになった柿色になる前の青い果実は、台風の齎す大風で、半分くらい落とされてしまう。
落ちやすくなっている原因としては、害虫にオカサレテイル事が多い。
害虫も少なかったのだろう。
此処まで生ると、一つひとつの実は、心持小さい気がする。

林檎と異なり、柿には丸ごとかぶりつくという習慣は無い。
柿は剥いて食すのである。
剥いて誰かに差し出すとき、作法に則って欲しい。
最近、様々な場所で、皿に載せたモノが出されるのだが、作法に反した剥き方なのである。

してみると、作法を知らないのではないかと考えるのが正当だろう。
小さく切り過ぎなのである。それでいて、肝心な場所に包丁が入っていない。
切り分けて、気の利いた楊枝が添えてあるパタンが多い。
しかし、あの巨大な種を、果肉にくるんだままなのだ。
または、(上に書いたことと逆説的であるが)種を取り去ってしまってあるのだ。

柿は縦に4つに割る。
林檎は、割ってから皮を剥くのだが、柿は皮を剥いてから割る。
最後に、横に包丁を入れる。種に届いたら抜く。
この抜き去る前に、今入れている包丁の目に沿って、果肉を裂く動作を入れるとなおさら宜しい。

要は、種を取り易くしながら、かつ、種は残すのである。
種の無い柿は、食していて面白くない。美味くないのである。
柿の健康状態というか、美味さ具合を、種からも推し量りたいのである。

林檎、梨、桃などと異なり、真中が食える。
林檎、梨は芯棒を残す。食っても良いのだろうが、美味いとは言えない。
桃は芯があの固い種だからまさか食しはしまい。
柿は、真中が美味い。

日に日に、今か今かと、少し色づいたばかりのをモギトッテ、渋いという味覚を年に何度も味わっていた頃が妙に懐かしい。
オジサンニナッテシマッタ。

2000/10/27

文責:い 80点

No.291

新しいJPドメインサービスが始まるという。
汎用JPドメイン名と呼ばれJPNIC(JPドメインを管理している組織)から提案されている。
 JPNICホームページ:http://www.nic.ad.jp/jp/plan/new-jp/index.html

これまで、”kinoi.co.jp”のように”kinoi”と”co”と”jp”の3つの部分から成り立っていたが、新しいJPドメイン名では”kinoi.jp”のように2つの部分で構成され、短くなってとてもシンプルになる。
さらに、新しいJPドメインでは、ドメイン名に漢字を含めた日本語が使えるようになる。
InterNIC(comドメインを管理かつ世界中のドメインを管理している組織の元締め組織)では、日本語.comドメインもスタートする。

此処まで読んでいただいて、この新サービスを好ましいと考えた方がいらっしゃるだろう。
しかし、それはトンデモナイ間違いなのである。

現在の私の独自ドメインは、”kinoi.co.jp”だけである。
そして、”kinoi.com”が存在するのである。私とは全く無関係である。
こちらのドメインの方に対する良悪の感情は無い。
しかし、ある種の混乱現象が幾分かはある。

幸せなことに、kinoiという5文字の短いドメインなので、何気なく憶えている”きのい”という言葉を打ち込んでアクセスしてくれる人がいるのだが、最後をどっとこむにして、違うHPに行ってしまった方々が存在する。

今回の汎用JPドメイン名が使用されると、”kinoi.jp”さんが出現するだろう。
混乱するのである。
かつて、JPNICから、プロバイダの属性を”or”から”ne”に変更する指示が出された。
これに伴ない、プロバイダから与えられたメールアドレスを所有する個人は皆、自分のメールアドレスを変更させられたのである。
ある程度の期間併用が認められたのだが、これがかえって混乱を助長した。

あるレンタルサーバ屋さんの広告の内容を紹介する。
--------------
(新しいJPドメインサービスは)大きなビジネスチャンスにつながりますので、どうぞお見逃しなく

インターネットビジネスにおいて非常に大きな効果を生み出すものになるでしょう。このチャンスを利用しない手はありません。

また、現在ではドメイン市場がかなり成熟し、取りたいドメイン名が既に登録済みだったりして悔しい思いをされた人も沢山いるはずです。新しいドメイン名は新しい市場なので取りたいドメインが今度こそ取得できるチャンスでもあります。
(注)汎用JPドメインでは一部既に持っているドメインに対しての優先権が適用される場合がある。

逆に既に希望のドメインを持っていて、汎用JPドメイン名でもそのドメインを押さえておくのも得策ですね。知らない間に取られちゃっていたということにならないようにしましょう。
--------------

オイオイである。
jpドメインは、他のドメインに比して、割高な取得維持管理費を徴収していながら、こんなことを承認するとは、JPNICは公的(と言って良いだろう)機関として正常に機能していないと言わざるを得ない。

そもそも、以下の問題を解決してから取り掛かって欲しいものだ。
何故今こんなことをやらなくてはならないのか。
もはやこれ以上のコメントは書かない。

日本語を使ったドメイン名を使用する為には、パソコン、OS、webブラウザ、メールソフトで日本語ドメイン名に対応する必要がある。各メーカの対応はまだ発表されていない。

汎用JPドメインの実用化は来年4月頃くらいになりそうだということが、実際に本番利用がいつから可能かに関しては不明。

日本語.jpドメインも日本語.comドメインも、当初はWEBでの利用のみとなり、電子メールとしての利用は不可能になる模様。

2000/10/26

文責:い 80点

No.290

富士山が美しい。

先日、涼しくなってからの美しい富士山を、御殿場からの眺めとしてネットで拝見。
同日、ラジオで、富士山の環境美化についての放送があった。
綺麗な話ではない。飲食しながらの方は、後ほど改めてお目にかかりましょう。

富士山山頂付近のトイレは、登山時期が終わると”し尿”を山頂で垂れ流して処分している。
し尿は、夏の間溜め置きされている。
普通の場所ならば、この場合には、いわゆるバキュームカーを使ってし尿を収集に行くのだが、それができないことはいうまでもない。
遠くから眺めると雄大な風景なのだが、近くに行くと悪臭漂う山だそうだ。

この話を聞いての第一感。
嘘だろ、である。まさか、なのである。
このラジオに登場したのは、静岡県庁の方で、出演者としての立場は、”富士山の環境美化について考えている組織に所属する人間”ということであった。
------余計なお世話かもしれないが、その組織には、様々な職業の方がいるだろうことを思えば、個人的には、出演者は県庁職員でない人のほうが宜しかったのではないかと考える。

富士山に、し尿を処理するためのトイレを設置するにも色々とお金と法の壁が存在し、なかなかうまく進めることができないというのが、この場での主張であった。
法律については、良く解からなかった。ただ、どうにでもなるような気がする。
政治家は、”富士山に関すること”のような目立つことなら、飛びつくに違いない。
問題は、こういった事柄(富士山のトイレの問題)が、衆人に知られていなかった(そして、現在も知っている人は少数派であろう)ことである。

富士登山の経験者のせいにしてしまうわけではないが、トイレで用を足すだけで、それがどう処理されているのかなんて考えたことがないのだろうか。
答えは明快だ。
考える訳が無いのである。
私は、富士登山を試みた経験が無い。
従って、臭いに関しては知らない。
しかし、富士登山をしている人が大勢存在することを知っている。
この限りで、富士山のし尿処理の問題を考えたことが無かったのは、迂闊であった人間の一人であると反省する。

観光客(こう言ってよいのかは知らない)である、一般の登山者は、この臭いに気付いているのだろうか。
とにかく、現状を広く報道すべきである。
今のままで良い筈が無いのだから、何とかしなくてはならない。
ゴミ問題の、象徴的な事象である。
皆で考えようではないか。

一般に、自然環境を利用した観光地では、ゴミは持ち帰りを原則とする。
観光客を狙った土産物屋などに、その利益の見返りとしてゴミの収集をせよと言っても始まらないのである。
そしてそこでもまた、持ち帰ったゴミをどう処分するかが問題として残るのである。

富士山から、し尿を持ち帰りました。
これが、かっこいいと感じられる世の中だと宜しい。
この結論は冗談であります。もっと現実的に行かなくてはならない。

2000/10/25

文責:い 70点

No.289

昨日は、京都を少し敬遠しているような感じで書いたので、本日は少しばかり京都について。
京都で遊ぶ場合に、出てくる言葉について話すことにする。
決して雅やかに遊んだ経験があるわけではないことは、言うまでもない。
聞き書きであります。
一般的ではないが、ある種の書物を読む参考にはなるだろう。

お茶屋。
京都の場合、食事する場所だけを提供するところをお茶屋と呼ぶ。
そこで、飲んだり食べたりする。
飲み物は、そのお茶屋で用意されるのだが、料理は”仕出し屋”から運ばれて来る。
芸者や舞妓さんは”置屋”から呼ぶ。これと同様である。

その部屋の造りは巧みであり、同時に利用している客同士が顔を合わさないように出来ている。
客同士の顔を合わさないだけでなく、刺客などの暴漢に襲われたときでも、逃げる方法を確保している。

また、殆どの場合、利用した代金はその時に支払いをしない決まりがある。
そのため、特定の人しか利用できない。
一見さんお断りというわけである。
これは、現在では格式高くという意味合いが強いようである。

しかし、本来(成り立ちの時代は、多分またまた別の意味があったとは思うが)の”一見さんお断り”という習慣は、それとは意味合いが異なる。
当然、経済的な話や政治的な話などの密談がなされることが多いのである。
そういった話ができる環境を維持するところ意味がある。
つまり、どこの誰か解らない人を、同じ日に同じ屋根の下に一緒には出来ないとの思いがあるのだ。
信用のおける人の紹介や、何度もご一緒することで顔と性格を覚えてもらえた人だけがホストになることができる。

念のためだが、仕出し屋への払い、置屋への払いといったものへの支払いも、全てお茶屋を通して行われるらしい。
以下は、仕出し屋、置屋について。

仕出し屋
お茶屋だけではなく、寺などのお茶の会などにも提供されるフルコースの懐石料理や一品料理を作り、出前納品するだけの仕事をしているところである。
仕出し屋では、食べるための席を所有していない。
この意味では、現在一般に言うところのの仕出屋や弁当屋に似ている。
しかし、ここでも、店頭でお金を払って持ち帰ることはできない。
あくまでも、造って納品するまでが仕事なのであるらしい。

置屋
芸者さんや舞妓さんが所属している芸能プロダクション。
常連になれば上がったりすることは出来るらしい。
従って、お茶屋の機能も持つ場合が多いらしい。

うーん、やはり、実体験に基づかずに記載するのはツライ。
らしい、だらけの日刊鬼ノ胃でありました。
...... 。(此処には私の願望が書いてあったのであります。故在って伏せまする。)

2000/10/24

文責:い 60点

No.288

突然ではあるが、家康に学ぶもの。

家康がいて彼と敵対する相手Aがいる。
Aが自分より強大であるときには、とにかく辛抱する。
幾多の挑発は、その対処の仕様によって大義名分を相手に与えてしまうことを知る彼は、面子よりも生き残りに賭けた。

辛抱の塊であった彼は、自分の辛抱の歴史を振り返って呆れたことだろう。
そして、こんな真似ができる自分以外の人間なぞ居るまいとの確信を持ったに違いない。

それにしても、重臣たち(子飼いは勿論、ある種外様も)が決して家康に謀反しなかったことこそが、彼の凄いところである。
窮地にあった時代に、他からの抑圧を臣に対して八つ当たりをしなかったことの帰結である。
信賞必罰。時代とともに変遷する自分の境遇に関係なく、この主義を変化させない確かな忍耐力は、教育で培うことのできる能力なのであろうか。

やがて彼には、単独で自分より強大である相手が存在しない時代が到来した。
ここからは、他者に対して挑発の鬼になる。
これでもかとの挑発に、相手とされた武将は全て辛抱できないのである。
先に動いて、策を練ったかに見えて、怒りがその術策を軽薄なものに仕立ててしまうのである。
家康の企みに、重臣たちのうちの幾人かが必ず寝返ってしまう。
結果、見事に大義名分は家康に転がり込む。

秀吉にとって不幸だったことは、歴史が、見透かしたかのように二人の人物を没させたことである。
弟秀長と竹馬の友前田利家との、その果たした役割を今一度考え直さなければならない。

突然、家康を書いたのは、理由がある。
日光に行ってみたくなったのであります。
今年の紅葉は如何なのだろうか。
京都の情報は随分と入ってくる。が、京都の紅葉は人の手が入り込んだ景色という感がある。

最近の私には、奥多摩や日光が宜しい。
ま、それだけのこと。

2000/10/23

文責:い 80点

No.287

ありがたいことに、毎日沢山のメールいただく。

はじめてメールをいただく方で、お名前もなく、用件のみをお書きのかたが中にはいらっしゃる。
調べて行けば判るのだが、メールの量が多いときなどは、対応できないときがある。

誰にメール送ってるの?という内容もある。
実際、私宛ではなかったときすらあった。
本来送付されるべき相手に届いていなかったということであるから、この事態は恐ろしい。
はじめて送る相手に、迷惑をかけないためにも、本文には、相手先の名前を記載して、本人確認を願おう。
自分宛てに送信されたメールでないと解かれば、多分、通知してくれるだろうからである。

また、件名欄の記載と本文最後に署名をつけることとをお願いする。
本文より長い件名なんてこともあるが、これもどうも...

メールの返信するだけで午前中つぶれたりしてしまうのだけれども、中には、返信メールを出すんだけど「User Unknown」で送れないメールがある。
メールを読んだあと、「返信する」で自動的に送信者宛にメールを発送している。
メールヘッダの「
Reply-To」のアドレスへ送ろうとするのだが、そのメールアドレスが間違っていた場合、上のようなエラーになる。

なぜこのような現象になるかというと、もとのメールの発信者が、使用しているメールソフトの自分のメールアドレスの設定で、誤ったアドレスが記述されているからである。
インターネット始めて間もない方に多いミスである。
しかし、相当長く経験のある方でも、メールソフトを変更した時とか、メールアドレスを変更した時など、うっかりミスしがちなようである。

自分宛にテストメールを出し、更にそのメールを返信して、自分のメールアドレスへ正常に来るかどうかの確認は必須である。
テストメールを出すという作業は大部分の方がやっているらしいのだが、その場合には、宛先に自分のアドレスを書き込む。
メールソフトに設定した自分のアドレスを確認しているわけではない。
従って、届いたテストメールに返信機能で返信する必要があるのである。

メール出しているのに、返事がこないなぁ?と思われる方は、一度、確かめてみるとよい。
折角返信のメール書いたのに、エラーで戻ってくると、がっかりするものだ。

念のために書く。
署名の無いメールは、皆さんの想像以上に多い。
署名というのは、自分の名前やメールアドレス、ホームページの
URLなどを記述する部分。一番最後につけるのが普通だ。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
鬼ノ胃kinoi@kinoi.co.jp _
/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

なんてのが、一番簡素な例。

今日はメール来てるかな?と、毎日メールソフトを開ける方も多いはず。
待ってるのに来なかったら悲しい。
自分の設定ミスで入信しない場合があるから、上記の確認を今一度。

中には、イタズラメールもある。
無料のプロバイダの発行する無料のメールアドレスからの場合が多い。
イタズラメールに返信するのは危険である。危険の内容は様々。
そのときは無視する方が良い。

もう一つ。
チェーンメール。
不幸の(”幸福の”という名称もあった。同じモノをこんな対語で表現できるのに感心...している場合ではない)手紙のようなものだ。

”この文書をできるだけ多くの人に送って教えてあげて下さい”というくだりで締めくくられていることが多い。
これらの内容は全くのデマであり、人の善意を利用した悪質なイタズラです。
このようなメールを受け取ったら、安易にメールを出さないで、ゴミ箱に捨てることである。

2000/10/21

文責:い 60点

No.285

太宰治を好きな人はどうしているのだろうか。

特定のお方の近況を知りたいのではない。
太宰を愛読しているという会話をメッキリ聞かなくなった。
小父さんの境地に入ってしまった私は、若いモンの会話を、其処此処で盗み聞きをしているのである。

もっとも、我々の世代の”愛読書は、太宰の△△です。”と言うのは、人間のタイプが決まっていたのだが...
私の嫌いなタイプに多い、という記憶がある。まあ、そんなことはドッチデモ良い。
愛読書が太宰の作品という方々は、何を読んでいたのだろうか。
井伏鱒二の放屁なされた富士山の作品とか、処刑されるメロスを描いた作品とかは教科書に載っていた。
後者の一文、
”信じられてゐるから走るのだ。間に合ふ、間に合はぬは問題ではない。”

私には、いまだに解からない。
待つ身が辛いのか、待たせる身が辛いのか。
選択肢として提示されれば、”待つ身”を採用するのが流儀ではある。

自殺を6回している。勿論5回は未遂である、本人は。
屈強な肉体をもつ彼だからこそ6回も、自殺行動をとった。
玉川上水の該当場所には、手をついて滑落に抵抗した痕跡がくっきりと付いていたという。
その夜、山崎富栄は、近所の鰻屋で鰻の肝をしこたま買い込み、”今夜はちょっと精力をつけなければならないことがある”との言葉を残した。

三島由紀夫は言う。
”第一私はこの人の顔がきらひだ。第二にこの人の田舎者のハイカラ趣味がきらひだ。第三にこの人が、自分に適しない役を演じたのがきらひだ。女と心中したりする小説家は、もう少し厳粛な風貌をしてゐなければならない。”

肺結核ではあったが、元来180cm弱の肉体屈強な太宰は、仕事では軟弱を志向して実践した。
160cmに至らない小男の三島は、精神力でしか自殺できなかった。
厳粛な風貌を持ち、女と心中したりする小説家タイプであったのだが、強がりのみであった。

私は太宰が好きなのである。今は言うことができる。

2000/10/20

文責:い 90点

No.284

理由が必要ならば、その理由を作って差し上げよう。

これを”こじつけ”というのであろう。故事-付け か?
参議院議長が辞めた。
調停案を各会派に提示して、その結果正常化に向かうかどうかの会合をもたれる以前に、調停案は受け入れられず議長は辞任するだろうという解説がテレビで流れていた。

誰が描いた筋書きなのかを知る由も無いが、不遜な人間である。
そして、それがマスコミに洩れる(洩らすのだろうが)。
マスコミは批判無しにそれを報じる。
客観的な報道なんてモノは無い。
情報そのものが客観的でないのだから。

一人の人間が怪我をした。と、新聞に書かれているとしよう。
これは、客観的な報道であろうか。
確かに事実を記載しているのであろう。
しかし、棘を刺しただけかもしれない。あるいは、両眼失明の怪我かもしれない。
読者は、記事になるくらいだから...と感じる。
何故、新聞に記事として載せたのだろうか。
此処に新聞社全体の意図が潜むのである。

意図ある記事を客観報道とは言わない。
プロモーション(販売促進)の方法の一つに、広告という手法がある。
通常は有料である。
広告に似たプロモーションとして、パブリシティという手法がある。

パブリシティは、広告とは異なり、自社の新製品や企業活動を、テレビや新聞の記事として、無料で掲載してもらう活動である。 
広告は、自社製品や自社活動のアピールが目的なので、多少誇張しがちである。
しかし、パブリシティは、第三者的な立場で記事にされるので、消費者にとって信頼のおける情報となるとされる。
また、企業にとって、そのメリットは大きいものがあるので、自社製品をパブリシティとして取り上げてもらうのに、常に情報を開示し、マスメディアとの太いパイプを作っておくことが重要とされる。 

この中で、太いパイプを作っておくのが大事、という点が曲者である。
何の事は無い。
そのときの記事に対しては、直接広告料を支払わないだけであって、トータルで考えれば、広告主は、記事を作成する側に料金を支払っているのである。

如何なる団体が作成するパンフレットも同様である。
市町村の作成する広報においても同様なのである。
特定の企業なりの広告ではないという体裁を、如何に取り繕うかにかかっている。
この際、徹底的に、商売としての広告に取り組んでみようかと思っている。

理由が必要だから、理由を作ってみた。

2000/10/19

文責:い 60点

No.283

振り仮名の振り方。
振り仮名とは、漢字の読み方を示すために、脇につける仮名であるそうだ。

娘が幼い頃、父の(私にとって。我が家における地位は祖父)額縁に納められた文章を読んで曰く、
”あなたののにおけるとしてのにしよりします。”
”あなたの先の大戦における軍人軍属としての御苦労に対し衷心より慰労します。平成三年七月三十一日 内閣総理大臣海部俊樹”
---念のために書き添える。こんなものを、こんな時期になって発行しているのである。

普通に読んだとき、娘が読んだ場所を除いた読みが振り仮名であることになる。

住所に振り仮名を付す場合、私は昔からひらがな・カタカナ文字にも、また、算用数字にも記入してきた。
正しいのだろうか。
振り仮名を漢字よりも小さく書く何てこともしない。
対等のサイズでブツケガキスル。

通常、漢字一文字に振り仮名は複数文字を連ねることになるのでサイズを小さくするのだろう。
しかし、漢字一文字一文字に振り仮名があるわけではなく、漢字の集合体に振り仮名があるのである。
杉垣は、”すぎ かき”ではなくて”すいがい”である。
振り仮名は振り仮名で腰を据えて主張すればよいはずである。

ホームペイジ(最近、ページと書かないで、ペイジと記載することが多い。私も、である)を彷徨っていて、プレゼントに応募する場合など、フォームフィールドに名前や住所を記入する機会が多々ある。
振り仮名欄を敢えて小さくしてあると、つい笑ってしまう。
そこには、概ね、半角文字は使用しないで下さい、とある。
感覚的には、欄を小さくするのは半角使用を奨励しているように感じる。
如何。

今日、月桂樹を移植した。
大分大きくなったので、我が家の侵入口から見えるトッププレイスにデビューである。
生の(枝についたままの状態の)月桂樹は、大変良い香りがする。
乾燥させるとつまらないと思わせる香りであり、特に、剪定後生え立ての新葉は、廻りの先輩葉に対しては、努めて遠慮がちな色合いのくせに、香りは充分主張している。
斯くありたいものである。
じきにまた剪定されてしまうところなど、良い。

2000/10/18

文責:い 80点

No.282

Leonids Meteor Stream の話。

そろそろ準備にかかる必要がある。
欠勤の届も出さなくてはならない。
屋外での辛抱強い行動のために、防寒具の手入れもしなければならぬ。
11月中旬を越えると、とにかく寒いのである。

11/18 03:00〜05:00  11/18 03:00〜05:00とに、勝負を賭けよう。
何と、今年は、土・日曜日ではないか。

火燃しより面白いのは、年内では、この”しし座流星群”と”大学ラグビー”である。
1998年に、世の中が大騒ぎしたのを思い起こす。
実は、個人的には、1997年から大騒ぎしていたのである。
この年は、全くの不発。雨でもあった。

1998年は、11/18 04:13 の静岡上空の大火球。
これ一つで充分であった。
西の空に出現したとき、ジャストのタイミングでその方向の空を眺めていた私は、震えた。観測地点は、自宅庭。
”がおーん”という音が聞こえた(事実は、聞こえるはずが無いのだそうだ)。
とてつもなく長い時間に感じられた。

一緒にいたA君は、火球を見ていない。
しかし、地面を見つめていた彼曰く、
”真昼のような自分の影を見た。稲光より凄まじい。こんな経験をした奴は少ないだろう。”
うんにゃ、大勢いらっしゃりマンガナ。
しかしそれはそれで一つの見識ではある。
ただ、その後に続いた永続痕(流星の経路に煙のように残った痕跡。大火球では、稀に発生する。)

昨年(1999年)は、極大予想の11/18は、天候に全く恵まれなかった(もっとも、電波観測でも出現確認はなかった)。
しかし、翌11/19早朝は、非常に活発な活動を見せてくれた。
私は、ファンタスティックな時間を享受したのである。
雲に邪魔されながらも、火球を見るたびに、叫びたくなる喉元を、ぐっと押し殺して、ほくそえんでいたのを思い出す。観測地点は、自宅二階ベランダ。
至極の時だ。

必ずしも空の開けた場所に行く必要は無い。
街明かりで空が赤らんでいる場所でも良い。
”しし座流星群”こそは、数ある流星群の中でも、もっとも高速で明るい流星で名高いのである。
観測などという言葉に騙されずに、酒を酌み交わしながら、観望しようではないか。
ただし、大声は禁物である。
芸術の鑑賞は、個々人の楽しみであり、他人への迷惑は、慎んでこそ。

月も下弦である。
風流さも兼ね備えている。
明け方の03時〜05時なんて時間に、屋根のかかっていない、空のもとで酒を飲める機会は滅多にあるものではない。

残念ながら、一時間に5,000個などという発生は期待できそうもないが、街中でも30や40は期待してよかろう。
一時間に30個といったら、ひっきりなしの感じである。
本当に5,000個もの流星が飛び交ったらどうなるか。
自分が、地球ごと星空のある一点(輻射点。ここから群に属する流星は飛び出してくるように見える。しし座流星群とは、この輻射点がしし座に存在するのである。)に向かって、とてつもない高速で突っ込んでいくような錯覚に陥るに充分であろう。

20個程度の流星が写っている写真を観ると、この感覚は良く解かるだろう。
一度で良いから、この錯覚に嵌り込んで、宇宙を光の速度で旅してみたいものだ。
流星群と名のつく天体ショウには、胸が躍るのである。

2000/10/17

文責:い 90点

No.281

趣味、そして、マニアとおたく。

趣味は何ですか。
日常頻繁に質される問い掛けではあるが、何処まで聴いてくれようとしているのかが解からず、ついツッケンドンニ、”石割”などと答えている。
全く同じことを別の言葉で言えば、”金探し”。
砂金採り(盗り)、隕鉄漁り、海岸歩きなんて言葉も、同じ趣味を示す。

人を待つときがある。
その場所が、アスファルトやコンクリートとかで舗装された地面以外の空き地だと、胸がわくわくする。
彼方此方から、何度にも亘って寄せてきた、砂利を敷いてあったりすると尚更宜しい。

車には、ハンマーがいつも積んである。
滅多に使うことはないが...
うろうろと歩き回るのである。地面を見つめて、何を捜し求めるでもなく、しかし、何かを探して俯いて歩き回る。
メノウなど見つけると、意味無く(本当に意味は無い)嬉しい。
百円玉、五十円玉などという、特定の金属が恐ろしく偏在する物質に出会ったときは、ザッハリッヒな喜びである。

硬貨を拾うことは、多分皆さんが想像するよりもかなり頻度が高い。
下を向いて歩くのも、捨てたものではない。
捨てたものが拾えるのである。
砂が被さり、直接には決して見つけることのできないはずの百円玉をゲットしたこともある。
匂うのである。何となく何かありそうな気がするのである。
そう思っても、百回のうちの九十七回は無駄骨であるので、これが、確率論的に有意性が認められる事象であるかどうかは、定かではない。

仕事でも遊びでも何でもそうだと考えるのだが、好きな事には、何となくこの”匂いがする”という感覚が働く場合がある。
巨摩郡(手元に資料無し。コマグンと発音する)は、峠で、何となく厭な感じがして突っ込むのを止めた。
ヒデヨシは逝ってしまうことになってしまったが...
バリバリ伝説も久しく手にとっていなかったら、所在が不明である。

明日は、久々に、”天文ガイド”をいまだに買っている40男の、その道の話であります。
予告ができるのは、日刊鬼ノ胃一本分スペアがあるということなのであります。こういうことも稀にありますです。

2000/10/16

文責:い 90点

No.280

ゴミの話。

火燃しが楽しい季節になってきたと、焼き栗の美味しさと併せて先週あたりからの感想で書いてきた。
私の火燃しの材料は、概ね家庭ゴミである。
このささやかな楽しみは、どうも禁止される方向にあるらしい。
納得のいく説明無しに、この楽しみを奪われては困るのである。
自分なりにこのゴミ問題を考えていこうと思う。

家庭・普通の企業から出されるゴミに限定する。
核燃料残存物などの特殊な企業体から出されるゴミは除くの意。

不法投棄。費用負担者。他の環境問題との関係。ゴミの発生源。リサイクルの取り組み。処理場の立地問題。

別の側面から。
下水(処理施設を完備しているかどうかを問わない。台所や風呂場から排水されるモノ。)ゴミについて。
処分したいペット(生体・死体)の処理。
不遜ながら斎場をゴミ処理場と做すかどうかまで含めた斎場問題。

現状の把握と解決の方向性を探る長い旅になりそうである。
当社”きのい”では、このHPの一つのコンテンツとして独立して取り組んで行く所存である。

と、今日は、宣言と告知とをしてみた次第。
お付き合い下されたし。

2000/10/14

文責:い 80点

No.278

その4。纏まらないが、一応の最終項。

今回この話題を書くにあたって、県市の職員(他県を含む)の方から話を伺った。

現在、ある県庁では、事業評価システムの構築に取り組んでいるという。
その一環として、事業コストを計るにあたり、人件費も考慮することになった。
数年前、システムの構築に取り組むまでは、個々の事業ごとに必要な人件費を考慮していなかった。

極端にいえば、期限に間に合えさえすれば、いくら時間をかけても良いのである。
仕事をやりさえすればいいというようになっている。
場合によっては、いかに効 率的にやったかとか、いかに成果をあげたかということより、何時間残業したかということが熱心さの尺度のように言われるケースもある。
これは、工夫を促すシステムではない。

民間企業では、事業費を算出するときに、人件費を含めるのが一般的である。
従ってある事業を企画するときには、事業実施に自分と自分の同僚が関わることができる時間はどのくらいかということを意識しなくてはならない。
この場合、 限られた時間の中で、どうすればより効率的に事業を実施できるかということも意識せざるを得ない。

ところが、官庁システムでは、外部に対して支払う金銭の額が、その事業費なのだそうだ。
他の部署からの応援を求めて、何かの催事を実施するときに、この人々の人件費を考慮していないとは、恐るべきシステムである。

毎年の恒例事業を催す場合には、常に前回よりも何か良いものにしたいと考えるそうである。
しかし、予算は前年並み。
この時どうするかというと、関わるスタッフの数を増やすのだそうである。
例えば、運動大会では、各学校の教職員の派遣を増員してもらう。
あるいは、細かい例だが、信じ難さにおいて出色モノなので紹介する。

色分けのハチマキ。
例年は、製品を購入していた。
その数2000本。一本140円で。支払額240,000円。
今年は、生地を購入。支払額50,000円。
ハチマキ製作(縫製)に五人で4日。
ミシン購入3万円を3台。ただし、該当事業費以外からの支出。具体的には大会当日の寄付金から支出。
従って、今年の該当事業費に計上された金額は50,000円。概算である。

去年より、190,000円も支出減となっている。恭悦至極である。
やはり、このシステムはマズインジャナイノ。

ただ、此処まで書いてきて気付いたことがある。
このシステムも捨てたものではないのかもしれない。
我市は財政難だそうである。人件費の削減は実施しているらしい。しかし、積極的な人員削減には至っていない。

年末の大掃除を含めて、庁舎清掃作業は外部の民間企業に委ねている。
勤務時間内で良いから(実際民間の零細企業では、時間外に勤務者が分担で企業に奉仕している例は多い)、勤務規定を改定して、職員(特別職・議員も仲間に入れてやってくだされ)で庁舎清掃作業をやってもらっても良いのではないのだろうか。
通常の仕事に支障が生じると主張する人がいたら、メールしてもらおう。

でも、この外部発注によって収入を得ている企業にとっては芳しくないか。

2000/10/13

文責:い 80点

No.277

その3。

しかし、大企業にてこ入れしても、今の不況だとリストラ強化を方針にしているから、いくら応援しても雇用の増加にはつながらない。
雇用数の減少を極力少なくすることで(リストラによる既雇用者数の減少を、新規雇用者数の増加で迷彩化することで)、補助金を獲得するシステムは、政策目的に沿った運営ではない。
つまり、テコ入れした結果が、この面で、経済に何も帰ってこない。

どうしたら良いのかを、具体的に書かねば、片手落ちになる。
先ずは、失業給付について。

職安所の改革。
漫然と失業状態に甘んじる人間は勿論、求職の努力にも拘わらず、結果的には、何等労働もせずにいる人間に対して、金銭給付するのは止める。
つまり、求職者は、失業中であっても、労働の対価を得るという建て前を堅持する。

さりとて、職安所の招集日に来所できない失業者に対して、職にもついていないのに都合があって来所できないというのはオカシイ、などという屁理屈を窓口の人間に言わせるほど、個々の人間は暇ではない。
失業していても、冠婚葬祭の付き合いはあるし、風邪だってひく(この日は、どうせ就業できないのだから認定日数から差し引くなどという愚かな裁定もあるらしい)。
つまり、求職者も我国の労働者である、との認識を行政側も持つ。

そうするとどうなるか。
職安所が雇用した、事業所派遣社員とするのである。
雇用してしまえば、雇用主は、何とか何処かの事業所に派遣しないことにはペイしない。そういう独立会計システムを新設する。
勿論、派遣先の企業(個人でも良い)からの収入だけでは、成り立つまい。各種補助金や、雇用保険料収入を充当するのは当然ではある。
職安の担当者は、このシステムの管理職として、自分の職に臨む。
こういった手配の担当をコナセル公務員は居なければならない。
コスト管理は公務員に必須なのである。

毎日、一人ひとりの求職者(この場合は、職安所属の人間である)を、何処かの事業所に行かせる。
肉体労働は条件ではない。たまたまアルバイトの求職があれば、その労働に就くのも自由である。
面接に行くのである。職場を見学するのである。

各種公共団体や財団には、臨時の仕事は多いだろう。
短期のアルバイトを採用するのにも多大な労力と費用をかけて、厳正な審査をしていると聞く。
職安所からの派遣を優先的に利用してもらえば良い。
安くしときますよ。

更に続く。

2000/10/12

文責:い 80点

No.276

その2。

バブルを引き起こし、今日の経済危機を招いた張本人は大銀行である。
また、銀行の裏には大手の不動産・建設関係がある。
ここがバブルを仕掛けた「経済主体」であり、その崩壊で日本を大変な不況におとしこんだ「経済主体」である。
バブルが崩壊したときには、当然、銀行・ゼネコン(繰り返すが、都市銀行であり、巨大建設業者である。)の経営は苦しくなる。
仕掛けたバブルが継続する事を前提にした営業戦略にシフトしてしまっていたからである。

しかし、そこはバブルを引き起こした本人なのであるから、政府としてはそこを助けたくなるかもしれないが、それをやっては駄目なのである。
そんなことをやると経済の調整が進まなくなる。
経済危機のごく初期に、この過ちを犯すと、危機をずるずる長引かせて、問題の企業のまわりの“罪無き者”をいっそうひどい目にあわせることになる。
そのツケは、罪も無い従業員とか関係の下請企業に転嫁されたり、一般国民にまわされる。
だから、これはやってはいけないことだと、極めて明確に断言できる。

政府に求められる経済施策は、経営方針を誤ったり投機に走った銀行や企業に自ら責任を取らせることにある。
責任を取らせれば、潰れるところも出てくるし、失業者も出てくる。
ここで発生する失業者を、援助することが大事だ
先ず、企業が潰れたときに、その同じ組織に属していた人々を、厳格に区別する必要がある。
バブルとその崩壊に責任・罪のある人と、罪が無いのにその結果によってひどい目に遭う人たちとを、明確に区別して扱うということだ。
ただし、バブル時には、少なからず、その恩恵を享受したことについては、その“罪無き者”は反省すべきである。
“罪無き者”も浮かれていたのである。

特に失業者とその家族への公的支援を進めることでカバーすべきである

破綻した企業を救済することではない。 そうではなく、非難されるいわれのない国民の所得や雇用、福祉を改善、向上させることがより重要であり、それが政府の使命だからである。
所得を消費に向かわせ、購買力を持続させるよう政策的に支援すべきである。
こうすれば、消費が拡大して不景気から抜け出すのに役立つ。 

フランスでは、失業者が増えた時代に、政府や国会が取り組んだ対策の第一は、労働時間の短縮である。
もともとフランスの労働時間は、日本に比べるとかなり短い。
その労働時間をもっと短くすることによって雇用が増えるような仕組みの法律を国会で審議した。
つまり、雇用が減ったら、雇用をどうやって現実的に増やすかという、現場の具体策が直ちに採用されたのである。 

労働時間の短縮を、”もっと遊ぼうよ”という感覚で捉えてはならないのである。
日本人は働きすぎだったのではなく、社会から要求される仕事量が多くて、一人あたりの労働時間を長く取らなければ、こなせなかったのである。
現在、社会から要求される仕事量を労働者の数で割り算すると、短時間労働で済んでしまうということなのである。
一人あたりの賃金が低下するのは当然(これも若干の疑問あり。つまり、当然ではないのかもしれない)であり、さりとて、最低限の生活をするのに困る数値には至っていないと思う。

ここで、やはり書いてしまう。
財政難により公務員給与が減額されていると聞く。
論理的な不満があるならば、こうすれば良い。
一日五時間勤務にすれば良い。残業は一切無し。四時間でも良かろう。
警察、消防、災害派遣などの特殊業務を別にすれば、相対的には、充分可能な方策であると考える。

当然現在の減額水準ではなく、元の5/7である。
よく考えてみよう。このくらいしか働いていないのである。
その減額された給与水準であっても、暮らしに困ることはあるまい。
市民(国民という意味である)のための奉仕者である公務員とは、こういうことなのである。民間の労働者とは明確に異なる職業なのである。

ところが日本では、雇用が減って失業が増えると、大企業が大変だからこうなるんだ、企業を応援して、大企業が活力を持てば、おのずから雇用も増えるだろうという理屈で、まずやられるのは大企業へのテコ入れである。
マスコミ報道も、いわゆる大企業の翌春の就職情況調査をもとに、一般の雇用情況の報道を行う。
公表される指標を安易に入手しようとするからそうなるのであって、今は既に、上場企業調査による経済指標は、経済全体の動向を、パラレルには表現していない。

ついでに言えば、昔からではあるが、上場企業の業種区分は無意味である。
賃金(製造原価を構成する、の意)扱いの工員を雇用する製造業企業は、ほとんど無い。根拠として、この一点だけ指摘すれば充分だろう。

続く。

2000/10/11

文責:い 80点

No.275

千代田生命が破綻した。
社長の挨拶は淡々としたもので、最早大企業の破綻も日常の経済現象であるかの観を呈した。
メインバンクの東海銀行の頭取会見は、鮮やかに大企業を切り捨てるショーであり、金融業界(都市銀行のことである。ついでに地方銀行、信用金庫、信用組合、農協。)が、国民の負担によって存続し得たという認識など持ち合わせていないという見本会見であった。

改めて、不況といわれる日本経済の元凶を探る。
ちと、大上段ではあるが、やってみよう。
当たり前の事を、当たり前に書く。こんなスタイルにお付き合いを。

バブルの崩壊は別に珍しいことではない。
これは、「 資本主義下で市場経済システムが内包する基本的な特質 」であって、投機ブームとその崩壊の歴史の存在、つまり、バブルとその崩壊は歴史上幾度も繰り返されてきたのである。
従って、「通常の経済的現象の一部 」として見ること、特に「 バブル崩壊 」が「 経済の調整が進展する過程」として捉えるべきことは、常識である。

つまり、バブルがあれば、そのあと必ず崩壊する。
(言葉遊び的に言えば、崩壊しないものはバブルとは称さない。)
それは、経済の矛盾を調整する過程であって、そこで無謀、無能な組織は市場から排除されることになる。
痛みを伴うが、それは必要な調整過程であって、それによって、見識のない者も正常な感覚を取り戻すようになることこそが大事なのである。

こういう見方に立てば、バブルの崩壊後に、政治が何をやるべきか、何をやってはならないのかが、良く解かる。特に後者は重要である。
現在の日本では、実施される政府の行動が、カオス(混沌)からコスモス(秩序)に向かう経済の均衡化を、促進したり抑制したり更には逆の方向に牽引したりすることができるほどに巨大な力を持つに至ってしまったのである。
神の手に委ねられていたものを、無理やり奪い取ってしまった。
大きな政府なのである。

バブルの崩壊後に、ついついやりたくなることがある。
政治がいちばんやってはならないことなのである。
それは投機ブームを招き、バブルを膨張させた経済主体を救済するようなことである。
経済危機のごく初期にはよくこの過ちを犯す。
経済危機を招いた張本人が最初に救われるのが実態なのである。
バブルを継続したいがために、バブルを膨張させた経済主体にてこ入れすることが得策であると認識してしまうのだ。
これは、今考えればよく理解できるだろう。

続く。

2000/10/10

文責:い 80点

No.274

東京が日本の首都であるとの根拠は何であるのか。

県庁所在地というのは説明文的名詞であるので、ある種非常に解かり易い。
県庁とは、建物であるという認識なのだが、間違っていてもイメージは十分伝わっているだろう。
しかし、首都は解かり難い。
実際、冒頭に”東京”と書いたが、実は、”東京都”なのか東京23区なのか、あるいはもっと別の地域を指すのかも怪しい。
私は、知らないのである。この話題が、子供から発せられたとき私は逃げた。

制度としての天皇についての論議は、此処ではするつもりは無いが、歴史的な事柄としての話。
天皇が遷都宣言をしてはじめて都が移る。
私の調べでは、平城京から平安京に遷都宣言して以来、京都の地から別の地に、天皇が遷都を宣言した形跡は無い。
京都御所が都の地であり、江戸城跡にある皇居は、皇室の住まいではあっても、あくまでも別荘であり、古都京都は旧都ではなく古くからの都であるという扱いらしい(皇室典範に規制される皇室ではない、天皇家としての扱い)。

ま、これは、どっちでも良い問題ではある。
何が言いたいのかというと、こうなのである。
地方分権というか地方の強化というときの地方というのは、現在の行政地域区分を前提にしていると思う。
良し悪しの問題ではなく、県・市町村という既存の地域割りはこのままで話を進めるのかということに対して疑問があるのである。

市町村合併を促進するという政策が打ち出され、相応の予算を付けたり、圧力の構図を描いたりしているようである。
隣接市町村の合併が想定されているらしいのだが、隣接市町村が異なる県に所属している場合に、その合併は支持されるのであろうか。
市民レベルでは、支持される場合もありうる。
だが、上位行政レベルで支持される体制になり得るのであろうか。
また、極端な話、一県一市になっても良いのだろうか。

今日は、釈然としないことがあってこんなことを書いたのである。
〇当市(富津市)では、財政逼迫を理由に(実は巷間言われているだけで、正式なコメントは無い)、今年の市民体育祭を中止してしまった。
〇公務員のオリンピック出場者は、休暇をとって個人的に出場したかどうかを調べる手立てが無かった。勿論、他の選手同様に派遣費用は個人で負担する必要は無い。
〇警察官だったと記憶するが、メダル獲得によって、階級が上がった選手がいる、との報道があったが、その根拠は何かがどうしても解からない。

要は、法律あるいはそれに準ずる規定無しに、時流に乗るだけの理由で物事が動いて行ってしまって良いのかとの疑問の一日であった。

2000/10/09

文責:い 60点

No.273

衣替えは済んだだろうか?

毎年出したり仕舞ったりの繰り返しで、全く着用しない衣類は相当な量になっていると思う。
子供服など、差し上げ損なってタンスの奥に眠っている筈である。

火燃し好きの私でも、流石にこの種のモノは燃せない。
ゴミと認定しかねるのである。

被災地に、本当に廃品ではないかと思われる衣類が贈られた、という記事を目にしたことがあったが、どんな品物だったのか。
廃品と思しき衣料なんて存在するのだろうか。

流行のフリーマーケットや中古品ショップでは、ペイするかどうか解からないから、ゴミ処理問題と絡めて、官公庁さんの出番ではないか。
そこでは、担当者の判断で、捨てるものは捨ててしまって良いではないか。
何れ何処かでゴミ処理するとすれば、損益計算抜きで行動できるだろう。
お渡し先は、国内国外を問わない。
善意贈呈と形式贈呈とを上手く調整して、捌いていく。

食糧支援と二本立てでどうか。
極寒の地に冬は訪れる。

中国地方の地震災害に対する政府の対応は酷い。
人が死んでいないから、災害対策特別本部の設置を見送り、とは。

2000/10/08

文責:い 70点

No.272

日曜祝祭日シリーズ”御感じあそばせ”。

火燃しが楽しくなってきた。

夏の間、全然やりたいと思わなかったのに。

ゴミを燃しながら、傍に落ちている栗を拾って、少し傷つけて放り込む。
美味いんだな、これが。

2000/10/07

文責:い 60点

No.271

サーバ屋さんから詳細レポートが到着したので、皆さんにも報告することにする。
何か変な報告書だという気がするのだが、明確に指摘できない。
原文に若干手を加え(固有名詞の一般化程度)たうえで抜粋してある。

----------------
障害原因:ネットワーク伝送設備異常及びルータの収容スロット動作不能
障害対応:伝送設備の設定変更、ルータ交換作業
交換装置 上位プロバイダの局内ネットワークルータ

弊社のネットワーク構成上、上位プロバイダの障害が発生した際に接続できなくなる事を想定し、来週10月11日に別の上位プロバイダ回線を敷設しネットワーク二重化を予定しておりました。
しかし実施前に回線障害が発生し、安定したサービスを御提供できず誠に申し訳ございませんでした。
二重化後は、今後同様の障害が発生した際には迂回できる運用となります。
上位プロバイダの障害時に対応できる環境を構築計画しております。
----------------

事実、10月11日に、上記の工事を行うことは、2000/09/13にアナウンスされていた。
事故というのは、概してこんなものである。
しかし、10月11日の工事を予定するということは、何らかの事態が予想できたからであろう。芽は存在したのであろう。

ご承知のとおり、インターネットの構築とは、我々一人ひとりの参加そのものなのであり、情報の流れる量は計測できていないのである。
もう充分に擬似生態系であり、時には病を患う。
また、自己増殖するガン細胞が、寄生者ではなく、生体そのものであるように、一部のハッカー(よく言われるように、この名称を、悪人に限定して使用するのは、私にはいまだに抵抗がある)もまたインターネットの構成者である。

ITを”イット”と発音していた首相を持つわが国は、インフラの整備に重点的に資金をつぎ込むそうであるが、実のところ何にお金を使うのだろうか。
唐突ではあるが、郵便配達を止めるなんて言い出しはしまいかと心配だ。

2000/10/06

文責:い 90点

No.270

二つの事件が昨日発生した。

他のサーバ屋さんを、実際に利用した経験が無いので、一般的にレンタルサーバ屋さんのトラブル情況がどんなものかを知らない。
自社の契約するレンタルサーバ屋さんの名称は、この間買った本に依れば、公表しないのが企業の危機管理の鉄則だそうなので、此処では伏せておく。
んなこと言ったって簡単にわかる訳なのに。

通常使用するメールは、自社の(この言い方は、いずれにしてもレンタルサーバである限り誤解を招きやすいのでしょうが....独自ドメインで運営しているという意味であります)サーバにて管理している。

プロバイダのサーバには、そのプロバイダとの連絡をとるためのメールアドレスがあり、この連絡メールだけがプロバイダのサーバに一時保管されている。
従って、プロバイダ業者の工事通知には、”あっ、そう”てなもので、この期間は他のプロバイダの接続にしておこう、くらいにしか考えない。

ところが、今回のサーバ屋さんの工事には参った。
増速工事ということなので、”どんどんやって頂戴”と、るんるん気分で通知を読む。
前回は、サーバ(マシン)の入れ替え工事、今回はバックボーンの増速工事と、矢継ぎ早に対応してくれている。
事業主体の母体会社はしっかりしているし(この企業のラグビー部の選手補強に対する考え方だけは馴染めないという問題はあるが)、こんなに廉価な料金で高速レスポンス環境を享受させてもらって良いのだろうかと感謝していた。

こうなると、ボトルネックは、田舎に住む悩みであるところの、自分のマシンからプロバイダまでの回線である。
高料金の回線を選択して太くしてしまおうかとか、NTTに内緒で電柱に専用線を敷設しちまおうかとか、ちと壮大な気持ちで居ったのである。

で、10:00頃、何となく変だぞと気付く。
12:00完全にダウン。
サーバ自体にはトラブルはなさそうだ、とのアナウンスあり。
しかし、原因は調査中で、未だ不明とも付け加えられた。

当社としては為す術は無い。全く無い。
意味があるかどうかは解からないが、自分のサーバへのアクセスを自粛するという作戦くらいか。これを気休めと言う。

私の知らないところで、私に大いに関わる事件が起こっている。
サーバ屋さんから詳細レポートが到着次第、皆さんにも報告することにする。
他人(私にとっては本人)の話で済む事件なら良いのだが...

さて、もう一つの事件。発生順からなら、こちらが先。

メーリングリストである。
今回の事件は、自分が参加を申し込んだものではない。
マウスコンピュータジャパンが、初歩的なミスをした。
顧客管理の一環に、メーリングリストを利用した。

顧客データベースにある顧客のメールアドレス全てに対して、同一文書を送付するために、メーリングリストのシステムを使った。
むしろこれが、多分、本来の使い方だろう。

くどいかもしれないが、メーリングリストの仕組みをおさらいしよう。

メーリングリストの発送元アドレスを設定する。
このアドレスにメールを送りつける。
この送りつけられたメールは、登録した発送先会員のアドレス全てに転送される。

通常のメ-リングリストでは、各会員には、発送先アドレスにメールを送りつける権利が与えられている。
それに対して、顧客宛メールにこのシステムを使用するなどの場合は、登録した発送先会員が発送元アドレスに送信(あるいは返信)しても、システムはメールを受け取らない設定にしておく。
言い換えれば、各会員には、発送先アドレスにメールを送りつける権利が与えられていないのであり、管理者のみが権利を持つ。

今回のマウスコンピュータジャパン社の事件は、知ってか知らずか、担当者が、各会員に対して、発送先アドレスにメールを送りつける権利を与えてしまった。

商売人の勝手なメールの送り付けである。
迷惑と感じた会員(本人の意思で会員になったわけではない)は、今後は送信しないで欲しい旨の返信メールを送った。
当然の行動である。

しかし、メーリングリストの発送元マシンは、”これはマズイゾ”などという判断はしない。
会員の拒絶通知をメーリングリストに載せて、登録された発送先会員のアドレス全てに転送する。
拒絶通知を送った会員の元にも、自分が送った拒絶通知が送られてくるのである。怒ります。再び発送元に拒絶通知を送る。また、来る。
まあ、この人本人は、このあたりでナンカ変だと気付く。

ところが、当然、全ての会員の元にも拒絶通知が送られてくる。
訳が解からなくて、また、他に送りつける相手もいないから、返信機能を使って、怒りのメールを送る。
私の所に来たこの事件のメールは、一日で50件は優に超えただろう。
この数字は、ごく一般の方々にとっては、異常事態と認識させ、加えて怒りを込み上げさせるのに充分であろう。

多分、マウスコンピュータジャパン社は、倒産する。
事件の収束への対応が悪すぎる。
今日までも、顧客に対する態度に関して、評判の良くない企業である。
私も怒っているのである。

当初の設定ミスという失敗は止むを得ない。製造販売会社とはいえ、この世界に身を置く者としてどうかとは思うが、まあ許そう。
しかし、事後の処理は、いかんせん許せぬ。
”倒産する”などと書いたことで訴えられても構わない。
悪意だけで書いたのではないのだ(勿論それも少しはある)。

此処から後ろは、話のついでに、メーリングリストという名の恐ろしい怪物についての話。

管理者による設定ミスの最たるものは、発送先会員のアドレスの中に、発送元アドレスを含ませて登録することである。
受けたメールは全て転送する設定であるから、自分宛てに発送されたメールは、自分で受け取り、再び発送されるのである。
永遠のループの完成である。
この時、登録した発送先会員全員に、永遠のループのお付き合いを強要する。

また、世の中には、気の利いた(つもりでいる)愚か者が存在する。
自動返信機能をメーラーに装着して、相手構わず受信したメールの全てに自動的に返信する輩が存在するのである。
”貴殿からのメールは、確かに受け取りました”と、送信元にメールを送りつけるのである。
この輩が最初に受け取ったメールが、メーリングリストによるものであったらどうなるのだろう。

メーリングリストに参加する場合には、注意書きをよく読むように。
また、主催運営している、または、しようとしている人は、危険性を充分認識して欲しい。

2000/10/05

文責:い 90点

No.269

うなぎやさんでテレビを観る。

童門冬二が出演していた。
このおじさんを好きなのである。
この場に居合わせた仲間の多数決を採ると(3人である、念のため)、”おじさん”という表現よりも”おじいさん”の方が相応しいという決定を見た。
しかし、私はこの決定を採用しない。
何のための採決か、という批判は甘んじてお受けします。ま、意味は無い。

この人の挙措動作を観ていると、少年の雰囲気がある。
決して活動的な感じは無いのだが、悪戯をしたあとのはにかむような表情が常にある。
言語障害者風な喋り口からは、このまま倒れるのではないかという息遣いが聞こえてきそうである。
なのに、やがてその言葉に、日本史(歴史上の人物)に対する本人の熱い想い入れが吹き込まれ、童門冬二の世界に引き釣り込んでいく。

作家としての彼のやり方の特徴としては、風景描写は下手である。
地理風土の描写は、いたって簡素である。自分の小説なのに、他人の作品に添え書きする程度のものだ。
自然描写に代えて、登場人物には、その生まれ育った自然環境を充分に負荷させる。
米沢はこんな人物を生じさせ、高知はこんな人物を生じさせるといった、人の描写が彼の背景風土描写手法なのである。

で、昨日のテレビ。
南蛮甲冑が、関ヶ原の戦いにおける家康の行動を決めたというのである。
そして、東軍総大将の家康本隊(本人を含む)が、前線で戦をした、という事実を知った。
これは、私にとって新たな情報であり、家康を分析する上で貴重な収穫があった。
(知らなかったことを自慢しているようで切ない。不勉強を恥じます。)

時代劇の時代考証担当者は、大変だろうなと感じる。
武士の宴会に清酒を酌むシーンがあっては上手くないだろう、なんてことを常に考証している。
川に浮かぶ葉っぱの船の進行方向から考えて、水車の回転方向が逆だろうという場面を見たことがある。
これは時代考証には関係ないが。

かつて信長を主人公にした大河ドラマで、南蛮甲冑を観たような記憶があるのである。
横山光輝の劇画でも、家康前に南蛮甲冑を着けた武士を見た記憶がある。
多分これも信長。
実際の戦いに初めて使ったのが家康でないと、昨日のテレビの内容のほとんどが無になってしまう。

本屋に行って、横山光輝の劇画を確認してこなくちゃ。

本日、サーバ障害(ネットワークの回線機器不安定による・詳細不明)につき、一日中ご迷惑をお掛けいたしました。

2000/10/04

文責:い 70点

No.268

およそ誤解の種は尽きない。

醤油は、欧米のスーパーマーケットの調味料売場には、ほぼ完全に存在し、各家庭にも普及していると聞く。
本当だろうか。

少なくとも、各家庭の卓袱台(ちと古いか?)に、個人の好みの醤油注しが、日がな一日据え置かれている姿は想像しづらい。
”各家庭に普及”という状態は、そんな形で日常生活に根付いている姿が、醤油には相応しい。

キッチンの調味料棚に、他の調味料と並んでいるのは、醤油のあるべき姿ではなかろう。
個人的には牛肉との相性の良さを感じるから、実際に使用されていることを想像することは容易い。
しかし、使用量は、ほんの少量なのではないか。

で、この欧米の各家庭にも普及しているという醤油は、濃口醤油なのだろうか、それとも薄口醤油なのか。

濃口醤油と薄口醤油との違い。
濃口醤油の塩分は約16〜18%。原料は、大豆と小麦をほぼ等量に使用。
薄口醤油の塩分は約18〜19%。原科には、大豆、小麦のほかに、むし米や甘酒なども使用。
実は、全く誤解していた。

薄口醤油は、塩分が多いと聞いていたが、差があまりにも少ない。
敢えて、色の違いも誤差の範囲といって良いだろう。
詳しくは触れないが、味の違いは、こういった色や塩分濃度の違いとは別に存在するのである。
味を求めたらこれこれの色になった。また、これこれの塩分濃度になった。
これが、本当のところだろう。

関東の蕎麦(汁麺類)は、どす黒くて、辛くて食えない、とは関西人の常套句である。
汁は麺にカラメテ食すのだから、この辛さでよいのだ、とは関東人。
汁は麺とともに啜って食すのだから、こう辛くてはダメだ、とは関西人。
素材の色や味わいをそのまま活かすことが多い関西料理は...
お好きな醤油でお好きなように作ってくれるお店をお探しください。
きっとあります。

因みに、照り焼き・せんべいなどに使用される溜まり醤油の原料は、大豆のみ、または大豆と極めて少量の小麦とである。
この色と香りと味わいは、関西人には受け入れられないのだろうか。
どす黒くて、持つ手も唇もどぼっと汚れてしまうような、ほとんど醤油を食っている感のある”ぬれせん”の味わいを知らないのではないのか。

喧嘩を売っているのではない。
色んな美味いものを食おうではないか。
天は高いのである。

2000/10/03

文責:い 80点

No.267

そろそろ冷静になってきたらしい。
柔道の判定についてである。

スポーツにおける競技ルールは絶対である。
競技ルールに、それを否とする規定の無い限り(審判員の裁定に代えて他の方法で裁定するという規定が存在しない限り)審判員の裁定は絶対である、と言い換えても良い。
”俺がルールブックだ”と述べたと伝えられる人物がいる。
あたりまえのことを言っただけなのである。
ただし、これは競技場においては、という条件付である。

セルフジャッジは、競技に参加するプレーヤーが慎むべき事柄の第一である。
ラグビー、ハンドボール、バスケットのように(最近ではサッカーも積極的に採用しているようである)アドバンテージ制度が採用されている競技では、セルフジャッジにより競技が中断したと判断することが、致命的な失策になる事が多い。

件の柔道の事件も、セルフジャッジが原因である。
あのとき、自分サイドの(明確な”一本”でなく)”技あり”あるいは”有効”との裁定が出たとしたら、ここまで紛糾することもなかっただろう。
本人もコーチ陣も納得したに違いない。
本来は、この場合でも、執拗に審判員の資質を問う必要はあるはずである。
つまり、結果的に勝てなかったことが悔しいのである。愚かなことだ。

少なくとも、”一本”とのコールが無い以上、プレーは継続すべきである。
あの場面では、直ちに起き上がり、相手にのしかかり、寝技で勝負を決めれば良かったのである。
本人が、セルフジャッジで、自分に”一本”を与えてしまった。
この判断ミスを反省してもらいたい。

コーチ陣は、この点を忘れている。自分たちの基準にに世界基準を合わせるのではなく、世界基準に自分たちを合わせなければならない。
あのプレーを見て、格闘技としての柔道の”一本”という名の決め技と認定して勝敗を決定するのは、少なくとも素人の私からは考えられない。
”相討ち”がいいところであろう。
技の難しさなどは関係ないのである。

審判員の裁定に不服があれば、そのプレーヤーは、直ちに競技場から立ち去る必要がある。
個人競技であれば、本人だけで決定できるし、集団競技であれば、キャプテンとの相談で決定できる。
この際、退場は、審判員だけが決定する権利を有するのではなく、本人の退場についてはプレーヤー自らも有する、と明確にルールブック記載すべきである。

今回の事件は、個人競技であったのであるから、”まいった”と宣言して、一礼のもとに競技場から離れればよかったのである。
見苦しい態度でプレーを続け、あまつさえ表彰式にまで出席して不貞腐れるとは、言語道を断つ。
あの精神的な未熟さは、ゴールドメダリストとしての資質に欠けている。
あなたは資格が無かったのだ。

無論、審判員は向上心を持って常にその技量を高め、参加するプレーヤーはもちろん、観客からも信頼されるに値するスキルと尊厳を備えていなければならない。
しかし、今回の問題とは別の次元の話である。

気の毒だと、瞬間的には思ったが、同情の気持ちにならなかったのは、このような理由があったのである。

2000/10/02

文責:い 80点

No.266

神社の祭礼が終わった。
準備は大変だった。

予め決められた準備予定時刻と、オリンピック特定競技の時間帯とが重複すると、予定していた人々が出席しない事態が発生した。
今回は、幸い(表現は不適切)役員を引き受けていなかったので、不満の少々も言って居ればよい立場で準備に参加していればよかった。

祭りに、ノッテイナイノデアル。
実りの秋の豊作感謝の神事などという意味合いを、字義どおりに感じている人間などいない。
もちろん観光集客イベントとしての神輿ではない。
神輿は、氏神神社を取り巻く五つの集落を渡って行く。
氏子を中心とするが、参加は自由である。

お祭りイコール神輿と結びつけた”よそもの”の輩は張り切っている。
しかし、基本的に五つの集落を渡らせるのには、それぞれの集落の住民が担ぐのである。
戸数50の集落と戸数500の集落とが、対等な立場を貫こうとしている。
私の所属する集落は戸数50の口である。

神輿の担ぎ手が少ないのに、神輿の重量が必要以上に重いのだ。
”必要”とは、見た目で要求する神輿のサイズに対して推察するであろう重量の事である。
神輿は、本体と担ぎ棒によって構成されている。
井桁に組んだ担ぎ棒には、30人ほどがしがみつく。
一応は担ぐことができる。

本当は、これを取り巻くもうワンセットのリザーブメンバーがいれば、つまり、60人くらいで入れ替わり立ち代りで担当すれば、楽チンなのである。
見物客を心配させるような担ぎ方などしないのである。
ところが、この頼りなさそうな、よろよろと移動する姿が、何故か観客の心を惹くらしいのだ。
”いなせ”とは対極の価値があるかのようだ。

100m自由形予選の、初めてこの距離を泳いだオリンピック選手に対する観客の反応というのが、可也近い。
本当は、馬鹿にして笑っている部分があるんだけどね。

2000/10/01

文責:い 60点

No.265

日曜祝祭日シリーズ”御感じあそばせ”。

SETI@home というプロジェクトをご存知ない方がいるので、少し古い日付の(そして、長い)受信メールだが、原文のまま掲載する。

SETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)は、いわゆる”地球外文明探索”のことである。そんなSETIプロジェクトの中で、誰もが容易に参加ができるのがこれ。

参加するかどうかの判断は個人の責任で!!

1999年12月15日 10:05 SETI@home newsletter

Dear SETI@home user:

Thanks for your interest and participation in SETI@home.
This is our first email newsletter.
Contents:
    - Project status
    - Version 2.0 coming soon
    - SETI gear is here! SETI@home store now open
    - Project sponsors

Dr. David P. Anderson
Project Director, SETI@home
http://setiathome.berkeley.edu
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PROJECT STATUS

With your assistance, SETI@home has been amazingly successful.
1,500,000 people in 224 countries have downloaded the SETI@home screensaver
and together they have contributed 125,000 years of computer time,
with the common goal of finding the first sign of
intelligent extraterrestrial life.

We've been recording data at the Arecibo radio telescope since December 1998,
and most of the data through May 1999 has now been analyzed.
100 million signals have been detected and stored in our database.
The second-phase processing, which rejects man-made interference and
looks for "repeat" signals, will start soon.
This is when we hope to actually detect an ET signal!
Furthermore, thanks to the abundance of computing power,
we'll be augmenting SETI@home to look for new types of signals.

As the number of users has grown, we've had to upgrade our servers
several times to handle the load.
Sometimes it's been hard to connect (sorry!) but our
most recent upgrades have fixed this problem for now.
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VERSION 2.0 COMING SOON

Most people are running version 1.06 of our software.
Early next year we'll release version 2.0, which has many new features and works better through firewalls and proxies.
For more details, see http://setiathome.berkeley.edu/version20.html

When version 2.0 is available for your type of computer,you'll be notified automatically the next time your computer completes a work unit.  When that happens, you'll need to download the new version from our web site.
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SETI@HOME STORE NOW OPEN

SETI@home has teamed up with The Exploratorium,the famous science museum in San Francisco,to bring you products that let you proudly display your participation in the SETI@home search.
Profits from these products go to the SETI@home project.
Four products are currently available (more are planned):

T-shirt: the colorful SETI@home logo is silkscreened on the front,and the URL is on the back.  Available in S, M, L, and XL sizes.

Polo shirt: short-sleeve polo shirt with the SETI@home logo embroidered on the left breast.  Available in S, M, L, XL, and XXL sizes

Cap: a smart looking soft black cap with the SETI@home logo embroidered above the brim.

Mug: black ceramic, with the SETI@home logo fired on.

These products are available in the SETI@home on-line store which is part of the Exploratorium's on-line shop.  To get there directly, go to
 http://www.exploratoriumstore.com/setihome.html
The Exploratorium's award-winning website is at 
 http://www.exploratorium.edu
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THANKS TO SPONSORS

We want to express our deep appreciation to all of the sponsors of SETI@home:

SETI@home's Key Sponsors: The Planetary Society, Sun Microsystems,and the University of California Digital Media Innovation Program.

SETI@home's Major Sponsors: Paramount Pictures,Fuji Film Computer Products, IBM developerWorks, and Quantum.

Sponsors: Informix, The Santa Cruz Operation, Intel,Space.com, EDT Inc, Crystal Group, and the SETI Institute.

Thanks also to the hundreds of individuals who have made contributions to SETI@home.  Their names are listed at
 http://setiathome.ssl.berkeley.edu/donorlist.html

SETI@home is free for everyone, but if you can consider making a tax-deductible donation to SETI@home, please visit
 http://setiathome.ssl.berkeley.edu/donor.html.
We also encourage you to consider joining The Planetary Society:
 http://www.planetary.org

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If you wish to remove your name from the SETI@home email list,please send an empty email message to this address with subject header "remove".